マレーシアマクロ経済の概要


マレーシアで働くとしても、移住生活するとしても、そして何よりマレーシアで資産運用する場合、気になるのはマレーシアの経済状況(ファンダメンタルズ)。そこで、以下に簡潔にまとめてみました。どれも マレーシア中央銀行マレーシア統計庁から得られるデータばかりなので、色々上記Webを見てデータをDLしてみるのも面白いかも。

為替相場(リンギット vs 日本円、リンギット vs 米ドル)

上のチャートが1リンギット(RM)当たりの日本円と米ドルの直近10年の推移になる。青線が1リンギット当たりの日本円(左軸)、赤線が1リンギット当たりの米ドル(右軸)。円換算では直近10年で24円~35円/リンギットの範囲で上下しているのが分かります。特に注目すべき点は2015年のGST導入1MDB問題によって急激にリンギットが安くなり、その後2018年のマハティール首相誕生までに若干値を戻し、直近では26.5円/リンギットになっているところ。GSTはGoods and Service Taxの略で、日本でいうところの消費税に該当する。マレーシアでは6%になっていて、直近ではこのGSTがSST (Sales and Service Tax)に置き換われた。GSTとSSTの違いの説明は割愛するが、基本的に一般消費者の立場からは同じ6%の消費税のようなものと捉えてもらって構わない。1MDBは政府系投資ファンドの事を指すが、なんとこのファンドの資金流用が2015年に明るみになった。その額も日本円にして3,000億円程度という大金! GSTによる一般消費者の経済活動の縮小、1MDBの資金流用によるマレーシア政府の財政悪化懸念を背景に一気にリンギット安になった、といったところか。

一方、その後は政権交代の期待感でリンギットは回復傾向にある。マハティール首相は前ナジブ首相政権下に蓄積された多額の政府債務、1MDBの不正等々を厳しく追及。国益にならないプロジェクトを矢継ぎ早に停止すると共に、1MDBはじめ、政府系ファンド、公的収支の健全化、汚職の撲滅に全力で取り組んでいる。日本との関係では、2019年3月に0.6%弱の低金利のサムライ債を3,200億円分、国際協力銀行のサポートの元、日本の機関投資家向けに発行した。これは日本政府によるマレーシア財政支援の一環で、マレーシア政府の既存の高金利の債務の借り換えにより財政健全化に大きく寄与する。マハティール首相の政策は基本的に緊縮財政路線なので短期的には経済活動への刺激が少なくなる副作用があるが、中長期的には着実に財政健全化に向かうと思うので、リンギットも少しずつ30円/リンギットに向かって回復していくのではないか。逆に言えば、今はリンギットが割安の時期であり、まだ具体的に何に投資して資産運用するか決まっていない方も、とりあえずはまず日本円をリンギットに今のタイミングで変えてからじっくり投資先を考えるというスタンスでも良いかもしれない。

政府債務と外貨準備高

紺色がマレーシア国内に対する政府債務、水色がマレーシア国外に対する政府債務、赤線が政府債務のGDP比率になる。2018年Q4の政府債務は約7,400億リンギット(約20兆円)で対外政府債務はその内の約24%程度。また、政府債務のGDP比率は過去6年で50%~56%で安定的に推移しているのが見てわかるかと思う。では、なぜ財政悪化が懸念されたのか? 一つには、対GDP比率では安定しているが、政府債務の絶対額は着実に増えているからだ。GDPが今後とも高い成長を継続できるなら問題ないかもしれないが、成長が鈍化すれば一気にこの比率は高まってしまう懸念がある。二つ目は、1MDBの資金の不正流用にも為替の説明時に言及したが、折角自己資金と借入でストラクチャーした政府系ファンドの3,000億円近い資金が、マレーシア国家の発展、マレーシア国民の生活向上のために使われていなかった事だ。これだと何のために政府が借金したか分からない。三つ目に、マレーシア政府と中国政府及び民間企業主導の大型プロジェクトに掛かる債務。開発事業が多いのがマレーシアの特徴だが、労働者は中国人ばかりだったり、融資をしている銀行も中国の銀行ばかりだったりと、マレーシアの雇用促進には貢献せず、かつ中国への負債の集中が起こってしまう構造的問題を抱えている。四つ目に、簿外債務がナジブ前首相時代に蓄積された恐れがあるという点。簿外債務は本来ならばバランスシートに載せなければいけないリース契約や保証契約が該当する。マレーシアでは多くのビジネスが国有化されているが、中には赤字垂れ流しのゾンビ国有企業も多く存在する。官僚のための天下り先になっている点は日本と同じかもしれない。これらの企業の保証を政府が事実上行っているので、これらの簿外債務も合わせると政府債務は今の1.5倍になるのではないか、という指摘すらある。

ただ、私見だが、日本は簿外債務のGDP比率がもう250%手前まで来ています事と比べると正直マレーシアの政府債務GDP比率なんて可愛いものだと思えてくる(逆に言うとどれほど日本が危険な状況か、という事だが)。また、簿外債務はまずどの国の公式データでも表示されていない訳で、マレーシアだけその点を指摘し財政が悪い、と言うのもいささか不公平に思う。さらには、為替の部分でも言及したが、マハティール首相は数多くの緊縮財政、財政健全化政策を打ち出している。短期的にはなかなか結果はすぐには見えないが、中長期的には政府債務の圧縮に大きく寄与する可能性が高い。以上から、過度にマレーシア政府債務が重い、というメディアの情報をそのまま鵜呑みにして心配する必要は無いのではないだろうか。これだけ危機感を官民一体としてもっている事は官民がしっかりしている事の裏返しとも言える。

次に外貨準備高について。直近2018年Q4のマレーシア中央銀行の外貨準備高は約4,225億リンギット(約11.2兆円)、一方、政府短期債務は約65億リンギット(約1,700億円)になる。政府短期債務とは返済期限が1年未満の政府債務の事を指す。外貨準備高を見る時は絶対額よりもむしろ政府短期債務との比率を見るべきで、上記チャートの赤線がまさにその指標になるが、倍率が直近で約65倍(外貨準備高 / 政府短期債務)もある事が分かる。要は、1年以内に返さなければいけない借金が全部外国の投資家から借りていて、貸し手が1年後にもうマレーシア政府には貸さない事になっても、マレーシア政府は豊富な外貨準備高を使って十分短期債務(国債)の償還を行う事ができる状況だ。極端な話、短期と言わず、1,780億リンギットある対外債務のすべてを現時点すぐに償還しなければいなけい事態になっても、外貨準備高は4,225億リンギットもあるので十分対応可能という事になる。マレーシアには豊富な外貨準備高があるという認識で良いのではないだろうか。

公的部門収支と経常収支

上記棒グラフは公的部門赤字を表している。 データベースの更新が遅く2018年の数字はこの記事の投稿時には入手できないのが残念だが、 2017年末で約640億リンギットの赤字(約1.7兆円の赤字)でGDPの約4.7%になる。GDP比で言うとこの数字は日本とほぼ同じ水準だ。政府債務が増えると当該債務に掛かる利払いも増えるのでそれが公的部門収支悪化に直結する形になる。公的部門なので民間のように営利目的ですべて運営できないものの、マレーシアは結果として公的部門は毎年赤字という状況だ。一方、マレーシア国全体で見た場合はまた違った発見があるので以下の経常収支で説明したいと思う。

上はマレーシアの経常収支についてのチャートになる。赤線が経常収支で、その他の棒グラフはその内訳を表している。経常収支とは、マレーシアという一つの国で見た場合、全体として損益がどうか、という指標だ。マレーシア国全体なので、もちろん公的部門も民間部門もすべて考慮した数字になる。この赤線を見ると、なんとマレーシアは国全体としてはずーっと経常黒字が続いているのだ!公的部門が赤字を垂れ流している事は上で説明済みなので、これは民間がものすごく頑張っている、という事。残念ながら経常収支の統計データには公的と民間という内訳は無く、よりマクロな視点でのネット輸出、ネット経常移転収支、ネット所得収支という内訳がああるのみだが、グラフから一目両全なのは、ネット輸出のみが収益になっていてそれ以外は支出超過になっている点、そしてネット輸出の収益がとんでもなく大きく、その他支出を相殺しても余り、結果としてプラスの経常収支に貢献している点である。マレーシアには元来原油やパームオイルといった資源が豊富であった事に加え、近年ではグローバル企業の製造拠点も数多くでき、マレーシアからの輸出に貢献している。今後は原油やパームオイルといった資源への依存を減らし、より付加価値の高い製品の製造と輸出の増加が経常収支の成長、しいてはマレーシアが中心国の罠から抜け出すのに必要になって来ると考えられる。

GDP

上の棒グラフはリンギットベースでのGDP額とその内訳(左軸)、赤線がGDP成長率(右軸)になる。GDPは直近9年で5%~6%と安定的な成長を実現できており、今後も5%前後の成長がしばらく続くというのが、マレーシア中央銀行、金融機関のエコノミスト、事業会社のアナリストらのコンセンサスになっている。マイナス成長も見られる日本とは大きく違う(汗)。実際、マレーシアに来ると街中の熱気や生活水準をもっと上げたいという人々の情熱を感じる事ができる。ちなみに、ドル換算での2018年のマレーシアの一人当たりのGDPは10,942米ドルで東南アジアではシンガポールの64,041米ドル、ブルネイの32,414米ドルに次いで3位になる。タイ、インドネシア、ベトナムより全然高い。ちなみに日本は39,306米ドルでマレーシアの4倍弱となる。

内訳をみるとなんと民間消費がGDP全体の約55%を占めているのが分かる。ちなみに日本が約60%、米国が約70%。一般的に、先進国になるほど国民の購買力が上昇し、民間消費の占める割合が高まっていくが、このデータを見るとマレーシアは民間消費がGDPに占める割合が先進国に近い事が分かる。 街中の熱気を思い出しながら、やはり民間消費で経済が回っている国なんだなと改めてを感じる。民間消費に続くのが固定資産投資、これは不動産開発や企業の設備投資が該当するが、こちらも納得。マレーシアにいると街中でクレーンを見ない事はまず無い。ディベロッパーもとにかく大忙しでコンドミニアム、オフィス、商業施設を開発している。また、製造業やIT企業もマレーシアに拠点をもつグローバル企業がそれなりに多く、近年は中国リスクからマレーシアへ製造拠点を移す企業が一層増えつつある。この固定資産投資も今後増え続ける事が予想される。

ちなみに、製造業に限ると各国のマレーシアへの直接投資の分布は上記の円グラフのようになる。中国が18%とやはり高いが、シンガポールは国が小さいにも関わらず11%も占めている。これは地理的にとても近い事に加え、文化的(シンガポールとマレーシアの華人はそもそも同じルーツ)なつながり、華人ネットワークが大きく影響しているのだと推察される。7%のドイツが続き、その次が日本の6%。日本とマレーシアはとても関係が良く、地理的にも飛行機で6時間半程度とそれほど遠くなく、かつマレーシアには古くから日本企業が進出しているにも関わらず、はるか遠いヨーロッパの国であるドイツに直接投資が及ばないのは少し残念だ。ドイツはなんといっても車で、特にベンツはマレーシア人にとっても最も親しみと敬意のある高級車になる。街中でも外車はベンツが非常に多く、会話の中でも高級車=ベンツ、ベンツを持っているかどうかでお金持ちかどうかを推し測ったりが頻繁に行われるので、やはりベンツブランドはマレーシアでは凄まじい。ベンツ製造工場もマレーシアにあるので上記のドイツからの直接投資を押し上げている要因となっている。日本ももっと積極的にマレーシアに進出し、投資して利益を上げる事を期待したい。

政策金利、インフレ率、雇用者数、民間給与増加率

直近4年間の政策金利と10年国債イールドはそれぞれ約3%、4%で非常に安定的に推移。一方、インフレ率は0%~5%の範囲でかなり上下して推移。ただ直近1年は下落基調で、一時的ではあるが2018年Q4のインフレ率がマイナスとなった。 これはマハティール新政権が緊縮財政を行ったからである。緊縮財政は金融引き締め(市場に出るお金が減る)であるため、必然的にインフレ率は低下する。また、緊縮財政を行えば、新規の赤字国債発行額が減るため、国債市場では金利に低下圧力が生じる。10年国債イールドはインフレ率が低下しても4%をキープしていたが、緊縮財政開始から1年が経過した今のタイミングで減少傾向が見て取れる(上記チャートの直近の緑線)。マレーシア中央銀行によるインフレターゲットは安定的な2%推移であり、また、イールド低下 = 長期金利の低下は必然的に金融機関の経営を圧迫する事になる。丁度数日前のニュースだが、中央銀行が政策金利(オーバーナイト金利)を3.2%から3.0%に下げた。これは上記直近のインフレ、長期国債イールドの変化に対応して、金利操作による金融緩和しいてはインフレ上昇を狙ったものだと思われる。 財政健全化緊縮策とインフレ、金利のバランスある調整が今後必要になるので注視していきたい。

上記チャートは毎年の民間給与増加率(棒グラフ)と雇用者数増加率(赤線)である。チャートの通り、雇用者数は毎年増加しており、直近2年の増加率は約2%。マレーシアの人口の増加率が約1.3%である事を考慮すると、人口増加以上に雇用が増加しているため、失業率の低下、さらにはマレーシア国民全体の所得の増加が期待できる。また、雇用のみならず、民間の給与も直近2年で6%超の増加を見せている。インフレとGDP成長率以上の増加なので最初このデータを見たとき本当か?と思ったが、実際マレーシア統計庁にある公式データなので恐らく事実だろう。産業構造の変化の過渡期にあり、高付加価値産業への従事者の増加、最低賃金引上げの法改正、若年層が厚い 人口動態の中で労働人口の高齢化(熟練可)、民間企業の業績改善、等が理由に挙げられると思う。


  • Kufong
  • 上海生まれ、日本育ち、米国留学、マレーシア駐在を経て、現在妻と一人娘と一緒に東京で楽しく生活。不動産、資産運用、グルメ、旅行が大好き。金融工学修士修了、CFA (Chartered Financial Analyst)。